神は全知全能だと、、

他律依存したニンゲンは言う。

それで?

です。

そのニンゲンが如何に「カミは凄いんだぞぉぉぉぉぉ」と言ったところで、、

神の支配下である宇宙において、人間は、どこまで行っても神の掌の上で踊っている存在にすぎないのだ。

とサトリ顔で言ったところで、、

世界は何も変わらない。

運動しなければ不健康になり、食事の量を制限しなければ体形を維持できなくて、頭を使い続けなければ思考力が衰えていってしまう。
これら人間に与えられている「苦しみ」というのは、魂の成長に必要だから、神が「ペナルティー」として課しているものなのだ。

と言っても、、

それは別に「苦しみ」でもないし、、

そして「ペナルティー」でもない。

勿論、宗教教祖の好むコトバ「魂の成長」とか、、

神がそんなものを望んでいるという確たる証拠も何も無い(笑)

今のルールでは「努力した分だけ報いる」という設定になっていて、勉強すればするだけ賢くなれるし、運動すればするだけ筋肉が付いてたくましくなれる。

あははははは。

小学生低学年以下の発想じゃないですかね????

植物に肥料を与えてあげたり、添え木をしてあげたり、音楽を聞かせてあげたりすると発育が良くなるのは「愛と努力と工夫が大切なんだよ」と神が教えてくれているのだ。

作物は食べるためでしょ?

肥料に関しては、、

例えば「緑健農法」と言って、、

飢餓状態にして作物の甘みを引き出す方法があったりする。

「ドS農法」です。

また、、

「不耕起栽培」と言って、、

耕さないし、、

色んな種類の種を混ぜた粘土団子をばら撒いてその土地にあった作物が勝手に育ち収穫されるという農法があったりする。

それは「愛」ではなく、、

「理(ことわり)」を解して行っているだけでしかない。


ハウス栽培や牛舎でモーツアルトとか、、

ワタシは35年以上前にそういう現場(農場)で作業したことありますけどね、、

それを商品のウリにしている(笑)

別に「愛」じゃないですね。

人間以外の動物は「みんな同じような顔」をしているのに、人間だけが「違う顔」をしているのは「個性を大切にしなさい」ということなのだ。

ソレ、動物園の飼育員に聞いてみて下さい(笑)


神ナンタラ以前に、、

世の中が見えていないのに、、

「神描人(かみえがきびと)」なんて名乗るのは、、

とても痛いニンゲンだと、、

よくわかりますね。


スピリチュアルって、、本当に救いようのない世界です。


「神縋り人(カミスガリビト)」と名乗った方がしっくりきます。


「ボクのパパは凄いんだぜぇとしか描いていないですから、、、、


取り敢えずこの辺で。


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