エセ仏教、エセ坊主、ですかね。
日本の政府が緊急事態宣言を出さないので、これでコロナウイルスの爆発的感染がたぶんこれから首都圏、大都市を中心に始まると思います。人の健康や命より経済を優先すると、まあこういう判断になるのですね。もともと政府は幕末の幕府と同じで議論ばかりしてタイムリーに有効な手を打つことはありません。
先ず、「タイムリーに有効な手」とは何か、、
仏光がきちんと具体的な方策を説明する必要があります。
しかし、それは100年経ても出てこないでしょうね。
筋トレ自慢、女性トレーナー自慢、温泉三昧自慢、マイ自転車自慢、除霊自慢、自宅トレーニング室自慢、俺は外資社長だった自慢、不織布の設計をしていた自慢、仏道修行20年自慢、日本刀自慢、自分は生きて行けるぜ自慢。
鼻腔や口腔の加湿効果は無視して、
マスクの網目とウイルスのサイズでしか判断できない単細胞脳です。
そして、あれだけマスクをコケにしていて、、
マスクやアルコール消毒などの予防対策をとっていれば感染のリスクはかなり下がり、そのような活動は心身に対して有益になっていきます。
なんて、、今ではアルコール消毒とマスクなんてサラっと言い出す。
そしてほとんどの人は自分の体は綺麗でばい菌やウイルスは汚いと思っています。綺麗な自分の体に汚いばい菌やウイルスが侵入して来るから病気になるのだと思っているのですね。これを正見の観点から見てみると、人間の体は約38兆個の細胞でできていて、その38兆個の細胞でできている体の中に住んでいるバクテリアの数、俗に言うばい菌の数は約150兆個もあるのです。私たちの体にはすでに150兆個のばい菌が住んでいて、まあ言えば私たちの体はばい菌の巣になっているのですね。
無菌状態を綺麗と思っているのならば、普通に生きている人間の体はいくらきれいにしていてもみんな大変汚いばい菌の巣なのです。そしてインフルエンザもそうですが、ウイルスが侵入してもみんながみんな病気になるのではなく、また健康保菌者になるのでもありません。身体の免疫力が侵入してきた有害なバクテリアやウイルスを退治しようと働いてくれます。
コレ、物凄い勘違いで、、
つけ焼き刃な知識で書いているのがわかります。
身体の免疫力とは何か?
その理解がコケている。
百兆個もの微生物細菌叢に内側も外側も覆われているのがヒトの身体で、、
「共生」している。
腸内細菌も同様で、、
それ自体がつまり全体の「免疫」を構成している。
それを「ばい菌」と呼ぶのは、、かなりバカです。
昭和天皇が、、
「雑草という草はない。それぞれに名前がある」と、、
※実際は、側近が「ここから先は雑草です」と言ったのに対して、植物学者牧野富太郎氏が天皇に語ったとのことで、天皇のコトバとして誤って伝えられている。
※ワタシは「ばい菌」ではなく、「微生物細菌叢」と呼んでいます。
「共生微生物細菌叢」でも良いですね。
そして、
元々今までのパンデミックを見ると世界人口の60%から80%がウイルスに対する抗体を持たないと収まりません。ということは感染のオーバーシュートも含めて終息まで早くても2~3年はかかります。私は基本的にそういう予測で今自分がしなければならないことをしています。
と仏道20年の迷走坊主が、勝手な「恐怖ネタ」を書いていますが、、
オクスフォードのモデルでは日本人の60%が感染するのは3か月で達成されると言われている。
そして抗体ができれば問題は沈静化する。
2~3年とかって、、何処のバカ話ですか?
で、
あるイタリア人のお婆さんがコロナウイルスに感染して、あれだけ人が死んでいるイタリアで、それでもそのおばあさんは回復して病院を退院しました。驚くのは病院を退院した次の日がそのおばあさんの103歳の誕生にだったのです!
このニュースを見た時、「やっぱり寿命は生まれた時に決まっている!」と思いました。もっと若い人がどんどん死んでいるので、普通102歳でコロナに感染したら死ぬと思いますよね。回復して103歳の誕生日を迎えるなど誰も想像できませんよ。だから決められた寿命が来なければ人間は絶対に死なないのです。このお婆さんが良い例だと思いますよ。
これも、、
人には運命があるんだ、寿命があるんだと思う方は、、カルト宗教に洗脳されやすい方です。
このカラクリはどういうコトなのか?という部分が必要で、、、
そこを紐解くことで人類は進化してきた。
このばあさんは何を食べていたのか?
このばあさんは以前どのような病気になり免疫を獲得したのか?
このばあさんはA抗体をもっていたのか?
このばあさんはBCG接種したのか、ツベルクリン陽性なのか?
このばあさんはBCG接種はロシア株?日本株?中国株?その他株?
このばあさんの血液型はO型か?
このばあさんの両親の出身地はイタリアなのか別なのか?
必ず理由がある、、
そういう科学的な論理的な思考が大事です。
それが「理(ことわり)を解いて、理(ことわり)で照らすミチを歩いていく」ということ、、
「法灯明」ということです。
取り敢えずこの辺で。
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