で、、読者さんから
最近「三礼三拍手」が言われているらしい。
番組では年末年始をどう過ごしたかが話題となり、友近は「初詣に1月1日に行って、あのね、不思議なことが起きたの」と告白した。続けて「不思議なことというか、(一般的には)『二礼二拍手一礼』だけど、調べたら出てるけど、『三礼三拍手一礼』っていうのがもともとやった」と昔の日本の参拝方法を紹介した。そして、「三礼は知らなかったけど、拍手の三つ目に神様に音が伝わるって、それを最近聞いて初めてやってみたの」と今回の初詣は三礼三拍手一礼を取り入れたという。すると「ほんならね、すんごいブワ~ッて風が吹いて…」と参拝中に風が吹き出したといい「これ調べたらほんまに書いててん。メッセージが伝わった時に風が吹くって」とネットでも同じ体験をした人がいたと発見。そして「それは、どこの神社でもってわけじゃないと思うし、時間帯もあるかもしれないし、偶然かもしれないし」としつつも「初めてでドキドキした。“あれ?何やったんやろ?今の”って。ネットで調べたら、その経験した人がいっぱいいて」と自身と同じような経験をした人が多くいることにも驚いたと語っていた。
>すんごいブワ~ッて風が吹いて
迎え風を頂いたみたいですね。
で、、知らせて頂いたサイトを調べてみると理屈は造化三神。
三柱にお参りするから三礼で三拍手という理屈です。
いやソレ、一柱に一礼一拍手かい?というツッコミはナシで、、(笑)
で、二礼二拍手は明治の国家神道で統一されただけで、、それまでの神社は神仏習合していて個性豊かだったわけです。
それが明治政府によって国家神道となり、アマテラス系への祭神の付け替えや偽の古文書作成、本物の古文書の散逸等、、
様々に改ざんされて今の神社がある。
古くは伯家神道、、
伯家神道(白川伯王家)の礼拝は、一般の神社で広く行われる「二拝二拍手一拝」とは異なり、古来の作法として「三拝三拍手一拝(さんぱいさんぱくしゅいっぱい)」、あるいは「二拝三拍手一拝」が本来の形とされ、特に神職や秘儀に深く関わる場面で用いられ、神様との一体感を深めるための作法とされますが、一般参拝では「二拝二拍手一拝」が基本で、伯家神道系でも状況に応じた使い分けがされる場合もあります。
伯家神道(はっけしんとう)とは、 神祇伯(じんぎはく)を世襲した皇族の白川家(伯家)に伝わる神道の一系統で、宮中祭祀や皇室の神事を支え、古神道の奥義や「みそぎ行法」「十種神宝御法(とくさのかんだからのごほう)」など、天皇の即位儀礼に関わる秘儀を伝承してきた神道思想・儀礼体系です。
明治維新で公的な立場は失われましたが、高濱清七郎らに受け継がれ、現代にも伝わる「お道の行」として一部の門人によって継承されています。
皇室との関係: 花山天皇の末裔である白川家が神祇伯として、天皇の祭祀を補佐していました。
伯家神道と言えば「御鏡御拝(みかがみごはい)」
伯家神道における「御鏡御拝(みかがみごはい)」とは、 白川伯家(神祇官の長官を務めた家)に伝わる秘儀で、天皇が自身の姿を映す神鏡(太陽神アマテラスの分身)に向かい、二拝二拍手一拝(二度深くお辞儀、二度拍手、一度深くお辞儀)という作法で拝礼し、自己の内面や祖先、神々との繋がりを深く認識する重要な儀式です。
これは単なる身だしなみではなく、現人神(あらひとがみ)として、神と一体となるための精神修養であり、皇室の祭祀と深く結びついていました。
伯家神道は造化三神ではなく、主神は天照大御神です。
吉田神道に至っては、、
八度拝八開手: これは深く頭を下げる「拝」を8回行い、手を打つ「開手」(拍手)も8回行う作法です。これは、通常の神社参拝よりも遥かに丁寧で、より丁重な神様への敬意を示すものとされています。
話がそれました。
で、、
奈良の天川村にある天河神社ですね。
30年前位、、まだ新築で白木に近い奇麗な神社でした。
ここに初めて行ったとき、迎え風というより突風吹きました(笑)
で、宮司さんから「どうぞ昇殿参拝されて下さい」と勧められた際に、、
「お参りの仕方はお好きなようにご自由に自分のやり方で結構です」と言われた。
フツー言わないかと、、
なんで違う参拝の仕方しているのを知っている???と思った位です。
それでまぁ遠慮なく二階くらいの高さまで木の階段をあがる昇殿参拝してこちらの礼法で参拝しました。はい。
で、
こんな意見
Yuya Hirose二礼二拍一礼…云々は、明治40年に皇典講究所(現在の国学院大学)の高山昇という国学者がニワカにこしらえて全国一律これにしろ!としたシロモノなので、日本古来の神さんとはほとんど関係ない、新興宗教・薩長教の作法ですが、柏手を打つこと自体は、古来、それも神社や神さんごとにそれぞれ各別に行われてきました。例えば、伊勢神宮・神明社(天照皇大神):四拍+四拍(+一揖…小さいお辞儀です…して小さくもう一拍)の八拍。これは、伊勢神宮でお神楽を奉納すれば、現在でも神職の皆さんがなさっているのを誰でも目にすることができます。熱田神宮(日本武尊):二拍+二拍+二拍+一拍の七拍。八幡宮(八幡大菩薩):四拍。これは八幡宮の本宗である宇佐神宮では、現在もおこなわれています。出雲大社(大国主命/素戔嗚尊):四拍。これも、現在でも出雲大社では行なわれています。…等々。このように、八百万の神々、神さん違えば作法も多様なのは自然なことなのですが、西洋のキリスト教に張り合って人工的に新造されたエセ一神教宗教である明治の薩長教(これを継承したのが現在の神社本庁教です)では、何もかもが造り替えられ、二礼二拍一礼を始めとして全国統一祭式が強要されているのは、日本古来の伝統と精神に対して非常に残念なことです。神々も苦笑なされておられるでしょう。
占領政策と洗脳でGHQが変えたんだーという意見ありますが、、
昭和23年(1948年)に内務省が「神社祭式行事作法」を定め、神社が国の持ち物とされたという話は、戦後GHQによる神道指令(SCAPIN第448号)の影響と関連がありますが、「二礼二拍手一礼」は戦前から存在し、神職作法から一般化したもので、神社が国の持ち物とされたのは戦前(明治時代以降の国家神道体制)の話であり、この認識には歴史的なずれがあります。二礼二拍手一礼は戦後も定着し、神社本庁などで「二拝二拍手一拝」として用いられ、現代の一般的な参拝作法として広く普及しました。
でまあ、、、
当ブログ読んでいる方ならわかるかと思いますが、、、
これが正式あれは間違いとか、、
そんなのどーでも良い。
です。
ワタシは、二礼三拍手一拝、、です。
※書き間違えていました、、
二礼二拍手を三回一拝、です。
※つまり六拍手。
※真似しなくて良いです。真似しても意味が無いので。
その六拍手が一回で終わる神社もあれば、、、三~四回も六拍手する場合もある。
それは神社別ではなく、その時次第です。同じ神社でも時によっては拍手の数が違う。
そして長居はしない。
柏手打って一拝したら終わりです。
「どこぞの○○です。お参りに来ました。」程度です。
ウダウダと祝詞や般若心経とかあげたりはしません。
神さんの返事も簡単で「よう参られた」「また参ってくだされぃ」という感じですね。
一言主なのに二言しゃべりよるわ、と思ったものです(笑)
どんな礼法をしようとも、その方がそれが良いんだろうと思って真摯に参られたのであれば、、
迎え風も吹くし、、
伊勢の御帳(みとばり)もあがると思います。
そこは神様も受け取るということです。
そゆことで。
ちなみに
神仏習合なら「3回は「仏・法・僧」の三宝に帰依するという意味」という考え方もありますね。
礼拝作法は、まず一礼(深くお辞儀をする)して、次に三拍手(柏手を3回打つ)。この3回は「仏・法・僧」の三宝に帰依するという意味からです。そして最後に一礼(深くお辞儀)します。
参考




